宇宙との繋がりをひも解く独り言

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zoom RSS 赤裸々に…悔しさと探求心が這い上がるためのエネルギーだった

<<   作成日時 : 2017/03/10 09:34   >>

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こんばんは!

えっと・・・
今回ももなんだかんだ言って長文です|д゚)

先日の土日は
茨城での個人流セミナーの二回目!

有り難いですね。

受講生のレベルも高い!

でも
解剖と触診は、学生レベル!

となると

共通したスタートラインにまだ立てない。

小学生に中学の勉強を教える感じになる。

だから
出来ていない現実を認識していただき

自己フィードバックを行うよう勧める
ことが
会の趣旨になってしまう。


その場で
質はあまり高まらない。

でも
それも段階として必要な要素。


と捉えれば有意義だ。


このウンチクは長くなるので割愛(^-^;


さて
土曜日は朝早めに出発し、お昼からは
途中ちょっと脇道にそれると居る古い友人?に再会してきた。

とはいっても
ペンパルみたいなものだ。

実際は10年ほど前に一度しか会っていない。
しかしその出会いは必然的で僕の中では貴重な存在だ。

何かにつけて会う機会を狙っていたが
逃してきて・・・

いつの間にか
10年弱が過ぎていた。


SNSのせいか
久しぶりの感じもしないし、
画面上の有名人にあった気分(笑)


30分ほど彼の臨床を見学させていただき
施設を案内してもらい

自分のやっていることを紹介するために彼の身体を
触らせてもらった。

正味一時間の短い滞在であった。



かなり忙しい人だから
時間を奪いたくなかった。



もう一人くらいクライアントの介入をみたいなとも思ったが
結果的に
その先の予定がぴったりで、この選択でよかった。


その深夜、
彼がSNSで以下のような投稿をされていた。




本日、はるばる長野県より○○さんが遊びにきてくださいました。
ある講習会でペアを組んで以来、10数年ぶりにお会いいたしました。
たった2分ほどでしたが、○○さんの臨床も披露・体験させていただきました。
愕然の一言です。雲泥の差とはこのことでしょう。
経験年数も2桁を超えると、自分の臨床概念に患者さんを当てはめ、うまくいかないときももっともらしい理論武装でその場しのぎもできる様になり、悪い意味で立ち回り方を覚えてしまいました。
「結果でてないっすよね?」というメタ認知の声に真摯に向き合わないまま、他から求められる役割に応じて組織作りなどの外部活動に精を出してきました。組織づくりの仕事は、正直お金にはならないけど、誰かが動かなければならないんだという観念も働いて、やりがいはあります。
おかげさまで病院から地域へ、医療・介護から保険外領域まで、また法人・任意団体いろんな所に顔をだすようになりました。
「1対1の臨床も大事だけど、組織をつくれば1対100、1対1000の関係づくりができる。」患者さんの言葉が心にもありました。
家庭の時間をつくり、お金を節約するためにも、インプットに精をだすより、組織作りのための根回しや、プランニングをする方が都合よいこともありました。
でも臨床家を深く突き詰めることから「逃げた」と指摘されれば否定はできない自分もいます。
特に多職種が関わる組織や仕組みづくりの議論では、結局のところ質の担保や、描いたパズルのピースに誰を当てはめるかという点で、個人の能力がキーになるのは明白です。
いろんな人とお話しし、関係づくりを深め、理念ができ、戦略ができ、さて戦術をという段階になると、専門職ならなおさら、「何ができるの?」「どんな結果がだせるの?」という話になってきます。
ここで臨床家として突き詰めてきていない自分に再度気づかされるのでした。
1日約10人、1ヶ月で200人、1年で2400人、10年で24000人、24000回以上の臨床をどれだけ深く関わってきたのか、その差は歴然でした。今から私が1キロ3分切るスビードで追いかけても、○○さんの背中は全く見えないでしょう。それくらいの差です。
素晴らしい臨床家の先生方は皆、本当に臨床を楽しんでいる。「身体との対話」や「謎解き・紐解き」の過程を楽しんでいる。たった2分でしたが、それがよくわかりました。
でもなんでしょう。「悔しさ」もこみ上げてきます。
組織づくりはやらねばならない。
でも○○さんのように臨床も楽しんで取り組める様になりたい。
忘れないうちに残しておきます。
○○さんありがとうございました。
明日は重要な研修会があったのですが、2日連続で活力点滴注入中ということもあり、ちと休みます。非常に残念ですが、月曜日以降の臨床のために。




以上。

納得できる。よく気持ちがわかる。
そんな内容であるし、
意外でもあった。


なにしろ
謙遜が得意な方なので
どこまで真意かは不明だが

会っているときの
その場の空気感・・・というか、

施設を回りながら
短時間で
交わした言葉の中に
嘘はなく、

さらに
短時間だからこそ
核心を突いた会話のみ交わされたように思う。


この方は、多方面で活躍し、ジャーナルなどの執筆もあり、
自費でのコンデショニング施設も立ち上げ、

遠く外部から見てきた僕からすると
逆にリスペクトしてきた経緯がある。


5,6年前だったか
詳しい経緯は忘れたがメールのやり取りがあり、
彼から送られてきた現状を憂いている内容に
僕はがっかりしたし、それを指摘した返事を送ったこともあったが、

その後SNSで繋がり
その背景に上記のような活躍と頑張りがあったのを知らずにいたので
恥ずかしい思いをしたのを覚えている。


昨年?は彼の職場の近隣大学に通いスポーツを本格的にやっている姪(めい)の身体を彼に託したこともあった。

彼に託す前、東京のクリニックでテレビにも出るようなスポーツドクターと
僕の師匠であるあの方にも診ていただいたが釈然とせず・・・
いや、都内だと遠いという理由から(笑)
ふと
なんだ!もっと近くにいたではないか!!と思いだし、
彼に依頼した。


真摯に対応してくださり、数回の介入後、姪は無事復帰し、その後インカレ入賞を果たした。


遠くで(近くでも)頑張っているだろう仲間の
存在があるからこそ
自分も頑張ろうと思える。

そんな存在は全国に何人かいるわけだが、
その一人であることは言うまでもない。



彼との出会いがなぜそんなに貴重なのか?




新人からの5年間を関東で過ごしたのだが、
今思い返すと、完全に勢いのみ!(笑)


5年後に地元に戻った僕は
またまた関東での勢いの余熱でシステムの構築と後輩の育成に励み、
ある程度形になってきたころ…

勢いだけで進むには無理があると認識し始める。

長野に帰って5年ほどたった頃だろうか?


頭の中には
つねに
今は亡き ホイットニィヒューストン の”アイハブナッシング”が流れていた。

愛する人がいなければ、わたしには何もないという歌詞なのだが、

この「I have nothing, nothing, nothing… 」というサビの部分が
非常にググッと来ていた(笑)


酒と●?におぼれ、サイドビジネスを始めたこともあった。
そのサイドビジネスでやっと稼いだ金をまたあぶく銭のために
運用するなんてこともあった。


家族もでき、
借金を背負い、
自分に何らかの担保が欲しい。
確かな形と保証が欲しい。


ステイタスゲームのスタートだ。

翻弄される毎日の幕開けだ。






システムは立ち上がった。
後輩もできた。
施設内での立場も上がってきた。
施設長にも信頼を得ていた。

でも
組織として新しいミッションは増える。
家庭内での悩み事も増える。
地域での役割も増える。
目の前のわからない患者さんも増える。



そんな状況下に
心は全く充足されていなかったのだ。


特に臨床では

あぁ
この人もここまでは
今まで通りやればわかるけど
ここから先は
またあのダメなパターンだ。。。。

「I have nothing, nothing, nothing… ♪」がリフレインである。。



なぜか!?

自分だけが基準ならそのまま何とかやり過ごしていたかもしれない。

でも
そうさせなかった
存在が心にあった。



新人時代を共に過ごした
同僚や後輩が
どんどん成長していくのを
知っていたからだ。

その当時
巷ではネット上でブログや、掲示板がはじまり
遠くの誰かの情報発信や共有が可能となりはじめ、

その中に
元同僚や、後輩の活躍が目に付くようになったのだ。

不安と焦りを覚えつつ


関東の
勉強会に行くような
時間的、金銭的、精神的余裕もなく、


今の自分を何とか肯定することで、
相手を卑下することで
何とかこらえていたのだ。


最終手段は

かつての同僚、部下、後輩を呼んで
交通費だけ払ってセミナーを開催したり、
彼らが開催側に立つ勉強会に後輩を送り込んだり。


そこで
また、差を見せつけられたり、欠点を探して安心したり・・・。

そんな生活を繰り返す中で
自分の臨床力はもう限界を迎えていた。

今までの経験値で何とかなる人もいる。
でも全て想定内。
部下のやってることも想定内。




出来ることも、出来ないことも。





ただ毎日
仕事をこなすだけ。

まったく面白くないのだ。


もう腐りかけていた中で

ある掲示板にビビッときた。


ワラをもすがる思いで、申し込みをしたのだ。


全く当時の臨床とはかけ離れている
ピラティスのセミナー。

ピラティスが教わりたいわけではない。といえば
大げさだけど、

自分の中の何かを
打破する何かに
出会いたかった。



付き合いや、誘われて、
また立場上必要に迫られて参加した近隣で行われるセミナーではなく

初めて!!自らの意志で
東京まで単身出向きセミナーを受けに行った会場で
ペアになったのが彼だったのだ。



で、話をすると
当時非常勤で行っていた茨城の施設で働くPT、
今の個人流セミナーを立ち上げてくださった張本人である
Y氏と彼が同級生であることを知るのである。

これは運命的な出会いと
繋がりを感じた一瞬であった。


彼はわたしより少し年齢は若い程度だったが、当時まだ3年目くらいで
大学を出て、紆余曲折の末?PT養成校に入ったように記憶している。


ボディワーカー系の軽いファッションの
参加者が多い中で
僕たち二人は異質だったかもしれない(笑)
そのまじめな物腰、真剣な眼差し、深く洞察しようとする姿勢に驚かされたのを覚えている。



ちなみに
その時セミナー講師を務めた
ピラティストレーナー兼PTもそれが初めての対外的なセミナーで、
その後メル友になり、意気投合し、自宅に泊まりに来る、こちらに招いてセミナー開催するなど
今でも交友がある。



このセミナーを機に

僕は変わった。


自分のスキルアップのために
意識を向けられるようになり
そのために
時間とお金を使えるようになった。

そして
コツコツと進むことが
最も近道だということを
感じたのである。



自分の短期的な欲求に翻弄されても、

他人の評価に応えるように邁進しても、




自分自身の芯の部分は変わらず、

何も満足しないことを知ったのだ。






世間知らずで
周囲の空気が読めなかった僕は
疑問に思うことは聞かないと気が済まない。

知りたい!という気持ちは強い。

要するに探求心だ。
馬鹿だからただ単純に知りたい。のである。


セミナー自体を選りすぐって受けるので
ひからびた雑巾が水を吸うようにふくらみ

それを貯めたままにせず
臨床に落とし込む。

探求心から来る
臨床での検証だ。





あとは
関東時代の同僚や後輩への悔しさ。

この二つが
僕を突き動かしてきたのだ。

この二つが重なることで、
あとは坂道を転がるように動き始める。

そして
結果的に自分が変わっていく
周りが変わっていく

そうすると
楽しくなってくる。

臨床が。

自分が。




楽しくなってくると
周りに
その楽しみに近い人が集まってくる。

新しいチャンスが
向こうから?
舞い降りてくる。



そう。

人が集まってきたとしても

他人軸だと

相手の利益目的だったり
必要ない雑多な人や、作業に

翻弄されるだけなのだ。



自分軸。

僕の場合は、結果的に。

いや

正直自分軸かどうかはわからない。
でも
そんな方向性かな・・・?



自分軸って
なんかカッコよく聞こえるけど、

周りからすれば
上手くサボってるともいえる(笑)

自分のやりたいことは
やるけど
あとは
うまく立ち回るってことだからね。



もうちょっと言い方を変えると、

自分を愛して、自分が楽しくなければ
周りにそれは波及しにくいだろうし、

自分がやりやすいように
周りの環境を整えていけば、
それは周りの人間にも
やりやすい状況に近づいていくのではないだろうか?


例えば
職場で、自分と、自分の担当する患者さんが
気持ちよく動けて、対応できるように
自分や、環境を整えていく。

時間帯や、声掛けの仕方や、掃除の仕方・・・などなど。


自分と患者さんのために動くことが
周囲のソフト、ハードに波及していくように
働きかけできれば
それは楽しい仕事になる。

これが
施設のためや社会のためや経営者のためになってしまうと・・・

それは
結果としてそうなればよいのであって、
それらが先に来ちゃうと
自分を殺してしまうことになるわけで・・・。



またまた
言い方を変えると、

本来人間は
生きるために生きるわけだから、

食べて、寝て、子孫を残すってことが
最低ラインの欲求。

自然の流れに身を任せて
朝になったら起きて
食べれるものを採って、
食べて
ごろごろして
寝る。

いざというときは
大きな獲物を捕まえたり、逃げたりもする。



それに比べて今の社会の
世知辛いこと…


ずーーーっと
外部の何か、しかもどうでもいいことに
翻弄されてるってのは
本来備わっていない機能なもんだから

そりゃ
ストレス過多で
病気にもなるわなってことで。



さて


10年前に彼に出会い

その後
自分軸?で進み始め、もがきながら、
2年でちょっとした気づきを得て、


そこからさらにもがきながら8年。

やっとここ最近で
自分の中にある、スキルに自信を持てるようになったのだ。


もがき、悩みながらだけど、
それ以前の8年と比べると
充足感が全然違う。


目の前のことを
こつこつ。


結果が出せないことだってある。
対人関係で悩むこともある。
家族の行く末を憂うこともある。

まだまだ未熟で
まだまだ
始まったばかりなのだ。


彼に再会し、
彼の職場と臨床をみて、
彼のSNSの投稿を読み、

そんなことを回想と同時に想起した。


彼はSNSの投稿と同時に
メッセージを送ってくれて、

「ありのままのウチを見てほしかったので
あえてスタッフには何も伝えずにいたのでご無礼があったかと思います。」

といっていた。



素晴らしい。



僕にはなかなかこの発想はできない。



でも
確かにこのことで
彼の職場の実態を感じることが出来たし、
それは
彼の職場のみならず
リハビリ業界の問題点を浮き彫りにする印象を僕に与えた。



深い。


これを話し始めてしまうと
さらに長くなり、かつ話題がそれるので
また次回、
あるいは
彼がこちらに遊びに来たいと言ってくださったので
その時に
ゆっくり語らいたい。




さて


適材適所。
確かにそれが大切だ。



でも
自分軸で生きているか?

必要と思われている中で働くのは幸せだが
自分のやりたいことを探求できているのか?


また
その自分の置かれた環境を、どう捉えているか?


こちらのほうが
むしろ大切ではないだろうか?


つまり
隣の芝は青く見える
的なことだ。



それらのギャップが彼の活力点滴注入に現れているのではないか
心配している。





何かを始めるのに遅いことはない。

行動にしても
意識(捉え方)にしても。



幸せを追い求めて
幸せになった人は誰一人いないんですよ。



幸せとは感じるものです。 by金八先生






トイレ掃除の時給800円の仕事をしているおばはんと

VIPを相手にした高級レストランの高級マンションに住むオーナー


前者は
このトイレはわたしがやってるから綺麗なんだよ!と誇りを持っている。

後者は
まだまだトップクラスには売り上げが足りず、働いているシェフもろくなもんじゃないと毎日嘆いている。


その心情を知らないで外部からの視点では
もてはやされたり、羨ましく思われるのは後者だろう。

でも
本当に
どちらが
幸せかは

その人の感じ方。なのである。




さて

僕の周りにも

様々な問題が

内外であり、

本当に大変だ。

好きなことだけやってるわけでもないし、
疲れてないわけではないし、



でも




こうして


そうだな。

今の生活をふと振り返ってみると

今、こうして居られることを




幸せだと思える。



うん。


幸せですね。



なんか。

偉そうに言ってるけど


結局 
今回のことも
自分自身に諭(さと)しているんだと思う。





そう!
一昨日ある有名なドクターの講演会に参加した。

病気のことだけではなく
厄介なのが薬だ。

組み合わせや副作用、
新薬の効能。

覚えきれない。   

人の身体と病態だって大変なのに、そのうえ薬の複雑さは大変すぎる。


そして
今は運送会社の人出不足がニュースに。


僕が今運送会社のドライバーになったら…
人々の役に立つことはできるが
宇宙との繋がりを導き出すのは大変そうで(笑)、やりがいがなさすぎる。


そう考えると
今の仕事はなんて素晴らしいんだろう、って思える。

うん。


まだまだだと思いますし、
まだまだ進んでいきますけど。






有り難う御座います!

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
終始感慨深い内容でした。
来月お会いできる事楽しみにしています。
熊平
2017/03/10 10:31
熊平さん:有り難う御座います! なんだか偉そうなこと言ってしまって半分反省してます(^-^;
来月!楽しみましょう!
シンジ
2017/03/10 17:29

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